2015年05月01日

経済社会が人類に与えたものと失うもの 2(紙幣とは何か?)

経済社会が人類に与えたものと失うもの 1(そもそもお金とは何か?)からのつづきです。
さて、前回は「お金とは何か?」ということについて書きました。そして物品貨幣や鋳造貨幣というところまでお話ししました。今回は紙幣について書きたいと思います。

動画を見ていただければわかりやすいと思いますが、そもそも紙幣というのは(のちの銀行となる)金庫業をやっている人が発行する預かり証(銀行券)がルーツだと言われています。
そして19世紀にイギリスからはじまった金本位制が世界に広がりました。銀行券というものは兌換券(金と交換できることが保証された券)として金の保有量に応じて発行されてました。
だからこの頃は銀行券(兌換紙幣)というものは金との交換が約束された券という明確な価値を持っていました。

しかし1914年の第一次世界大戦をきっかけに各国の対外支払いなどが増え、各国は一時的に金本位制を保てなくなってしまいました。後に一時的に各国金本位制が復活するものの再び金本位制は保てなくなり、唯一アメリカ合衆国のUSドルのみが兌換券となり、不換券となってしまった他国の紙幣はUSドルと交換できる紙幣という形になりました。
そして1971年の8月にはそのUSドル紙幣も不換券となってしまったのです。

なので現代の紙幣は国が管理と保証をしているものの、何かとの交換が約束された紙幣ではないのです。

兌換紙幣の場合は金や銀などの量に応じて発行されていたため、もしそれが不正なくちゃんと管理された兌換券ならば紙幣を持ったすべての人が紙幣を物品に変えようとしても何も問題は起きません。
しかし不換紙幣の場合(発行量にもよりますが)はもし国中の全ての人が持っている紙幣を何かの物品に変えようとした場合に物資不足になる可能性が高くインフレになるでしょう。場合によっては紙幣の価値はなくなってしまうかもしれません。
なぜ我々はこの紙幣というものを信じているのでしょうか?
そもそもなぜ兌換券というものができたかと言いますと、紙幣というただの紙切れに価値を持たせるためにはっきりと価値がわかるものと交換を約束したので、人は紙幣を信用してお金として使うようになったのです。
それが日常的に繰り返されることによって紙幣というものに疑いを持つ者はいなくなっていったわけです。
我々現代人が紙幣でものを買える(交換できる)のが当たり前だと思っているのは、物心ついてお金や紙幣というものの存在を理解した時点で硬貨やお金でものやサービスが買えるのは当たり前だという現代に生まれたからです。紙幣は物品と交換可能な価値を持ったものという常識がすでにできあがった世界に生まれてきたから紙幣の価値というものをまったく疑うことなく信じているのです。

この動画では少し陰謀じみた感じで表現してたりしますが、お金の仕組みや成り立ちというものをわかりやすく説明していると思います。
銀行が預かっているものの価値を越えて紙幣を発行できるということはどういうことなんでしょうか?
価値のあるものを預かって、その価値のあるものに応じた預かり証明書がもともとの紙幣であったならば、現代の紙幣(不換券)とはいったい何なのでしょうか?

またつづきは次回に書かせていただこうと思います。
posted by Robusto at 07:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記「人類について」 | 更新情報をチェックする

2015年04月29日

経済社会が人類に与えたものと失うもの 1(そもそもお金とは何か?)

現代の経済体制は永久に続くものではありません。私は今までいろんなことを調べた知識のうえでそう思っています。それをここで書かせていただこうと思います。
できるだけわかりやすく書くために長くなると思いますので、何回かに分けて書かせていただきます。

現代社会においてお金というものは非常に重要な役割をしております。
なぜなら物々交換の時代ではなかなか存在し難かったサービス業というものや専門職というものが、現代社会においてこんなにたくさん存在できているのはお金というシステムがあるからこそなのです。

では、お金というものはそもそも何なのでしょうか?
現在の貨幣のルーツにあたる鋳造貨幣が作られたのが紀元前7世紀に現在のトルコのあたりに存在したリディア王国だと言われてます。
BMC_06.jpg
遥か昔、物々交換という原始的な方法では不便だったということから物品貨幣というものが生まれました。石や貝、穀物などといったものが現代の硬貨のような形で使われていましたが、いずれそれらよりも価値のある金や銀などの金属というものが物品貨幣として多く使われるようになりました。しかし金属の場合だと重さにバラツキがあるので重さを量ってその価値を確認しなければなりませんでした。
リディア国があったトルコの位置をご存知の方はわかると思いますが、トルコの位置は東西の交易路の中心となる場所でヨーロッパとアジアを行き来する場合には非常に便利な場所にありましたので公益の盛んなところだったというのは容易に想像ができます。
そんな交易の盛んなところで様々なものが取引される中で、一定量の重さで作られた硬貨なら重さを量らずとも数量でやり取りをするということができます。そこでそんな便利な鋳造貨幣というシステムが出来上がったのです。

さて、それでは考えてみましょう。
欲しい物品に対してそれに見合った分の価値の金属を交換するということは物々交換の頃から変わらないシステムです。
現代社会でもその原則はほぼ変わりません。世の中のものにはだいたい相場というものがあって需要や供給のバランスによって物の価値はある程度決まっており。その物品を手に入れるためにはそれに見合ったお金が支払われます。それが売買取引です。
売買取引の基本は「価値ある物品と同等の価値の貨幣を交換する」ということです。

しかし、昔と現代ではちょっと違う点があります。
その一つは現代の貨幣のほとんどが国家が発行、保証をする通貨というものを使っているということです。昔は人々が同等の価値だと認めた金属や物品が貨幣となっていましたが、現在は国家がそれを管理しています。
そしてその現代の国家が管理する貨幣は鋳造硬貨だけでなく銀行券という紙で作られた紙幣も使われています。
というわけで次回は紙幣とは何か?ということを書かせていただこうと思います。
posted by Robusto at 09:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記「人類について」 | 更新情報をチェックする

2015年04月27日

仕事においての私の考え方1 観点を広く持つ

世の中の人々はものごとをシンプルに考えようとします。
当然、理解度合いや判断のしやすさを考えるとものごとをシンプルに考えるというのはいいことなのですが、状況によっては平面的に考えていたことを立体的に考えればよりものごとへの考え方は深まっていきます。
そして観点の広さを持つということもものごとを考えるうえで非常に大切なことだと思います。
今回は観点について話させていただきます。

たとえば、ニンジンは「美味しい」と答える人もいればニンジンは「不味い」と答える人もいます。
だからニンジンは美味しいものとも不味いものとも言えません。個人の見解や好みによって違うのですから。

私はお酒を売る仕事をしていますので、主観的な判断だけでものごとを判断しないように心がけています。
なぜならもし自分が甘党なら甘いものしかうまくおすすめができなくなってしまい、甘いものが苦手な人には的確なおすすめができなくなりかねないし、自分の好みでしかカクテルや食べ物を作れなくなってしまうからです。
お客様によって甘いものが好きな人も甘いのが嫌いな人もいますし、アルコールが強いものを好む人もいればアルコールが苦手な人もいるからです。
お客様の立場になってものごとを判断できなくてはいけません。
主観的な考えももちろん持ってはいますが、客観的な視点に立ってものごとを判断することができなくてはプロとは言えないと思います。

なのである一つの飲み物をおすすめするにしても
「これは美味しいですよ。」
というおすすめはプロフェッショナルではないと思うのです。そこには「美味しい」という個人的な主観しかなく何の情報もないからです
「これは少し甘めだけど酸味があるからバランスも良くてフルーティーな味わいです。」
などとお客様が判断しやすい味わいに関する詳細をできるだけ伝えることが大事です。
それをお客様が
「私は甘いのが嫌い」とか「酸味が苦手」ということで他のものを選ぶ判断材料にすることもあるし、それがお客様の嗜好に合い、「美味しそう」と感じてもらえればお客様も安心してオーダーできると思うのです。
自分が美味しいと思うものが必ずしもすべての人に美味しいと感じてもらえるものではないのです。

自分の価値観でものごとを判断し、他人にそれを押し付けるのはよきサービスマンとは言えないと私は思います。
特に
美味しい⇔不味い
好き⇔嫌い
などというのはかなり主観的な表現なので、個人的な好みなどを聞かれた場合は別ですがプロがおすすめをする際にはあまり使わないほうがいいワードだと思います。
スクリーンショット 2015-05-05 15.00.41.png

そしてもう一つ
二極的な考え方をしないということです。これも観点の持ち方の問題なんですが先ほどまでは個人の視点の違いということでしたが、同一人物でも状況などによっては評価や感じ方が変わるということです。

たとえばAというワインとBというワインがあったとしましょう。
魚料理を食べている時にときこの二つを飲み比べたらAというワインのほうがおいしく感じたとしましょう。
しかし、肉料理と一緒だったらBのほうがおいしく感じられたとします。
この場合には美味しい⇔不味いという二極的で平面的な判断では両者を比較することは難しく立体的に判断していかなくてはなりません。
ほかにも食前や食後だったり気温やシチュエーションなどによっても味わいの感じ方は変わります。
暑い夏のビーチではホットカクテルよりトロピカルカクテルのほうがおいしいと感じる人が多いでしょうが、冬の寒い日には逆にトロピカルカクテルよりホットカクテルのほうがいいと思う人が多いと思います。

多くの人はものごとをシンプルに考えたがります。細かい説明をされても面倒くさいと思う人も多いとは思います。だから簡単に「なんか美味しいもの頂戴」って言う人がいるのも仕方ないのかもしれませんが、できるかぎりお客様の好みに合わせたものを提供して喜んでもらうためには、お客様の好みや嗜好を聞いてそれに合わせたおすすめをしていかなければなりません。
どんなプロフェッショナルでも顔や容姿を見ただけでは好みのものを的確に当てることなどできません。超能力者なら話は別なんでしょうが・・・

Hirakawa
posted by Robusto at 09:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 仕事の考え方 | 更新情報をチェックする

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